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一年ぶりに、デアゴスティーニ ラリーカーコレクション購入【三菱・ランサーWRC(2004)】 [デアゴスティーニ]

 先日のブログでも書きましたが、約一年ぶりにデアゴスティーニのラリーカーコレクションを購入しました。

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 発売日を見間違え、一週間早く書泉へ行った訳ですが、当然の事ながら売ってはおらず、先週の土曜に購入となりました。
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 第80号である今回の付属モデル(IXO製)は「三菱・ランサーWRC(2004)」となります。 今回で三菱のモデルは4車種目、他にも三菱のモデルはあるのですが、とりあえず欲しい物だけ購入と言った感じです。 後で欲しくなる可能性もありますが、その時は神保町へ行けば購入可能ですのでノンビリしております。

 ちなみに、今まで購入した三菱のモデルは下記の通り。
 デアゴスティーニ ラリーカーコレクション購入【三菱・ランサーエボリューションⅥ(1999)】
 デアゴスティーニ ラリーカーコレクション購入【三菱・ランサーWRC(2005)】
 デアゴスティーニ ラリーカーコレクション購入【三菱・ランサーエボリューションⅢ(1996)】

 上記の記事でも書いておりましたが、三菱がグループAにこだわり続けた結果、他メーカーとの差が広がり急遽WRC規定を取り入れたものの復調することなく、2001年と2002年は散々な結果のみが残ってしまいました。 三菱は復活する為に2003年は参戦を休止し、「ランサーエボリューションWRC」ではなく、「ランサーWRC」としてマシン開発を行い2004年に復帰。 しかしトラブルが続き熟成も進まない事とダイムラーが資本を引き上げる等の問題もあり、第10戦を終えた時点で残り6戦をキャンセルすることになりました。

 今回の2004年モデルはWRC規定のマシンを製作する為、ランサーセディアのボディをベースとしており、2003年から開発期間が1年しかない為にシンプルな構造が最優先となりました。 この時期、アクティブデフが禁止されるとの噂もあり、パッシブ式に変更され電気制御装置も極力取り外される事になりました。 山海堂より出版されている稲垣秋介著の「三菱ラリーカーの軌跡」ではコルト1000FからランサーWRCまでの内容が書かれており、WRC2004を開発する上で、4G6型エンジンにライバルのターボチャージャーを装着しテストをしてみたところ、三菱が2001年で採用したターボチャージャーと違い低速トルクが大きくマッチングとなっていた事が判明。 市販車のランサーエボリューションで用いられていた手法であるが、他メーカーはグループAで強かった三菱のラリーカーの特性を研究していた証であったと書かれています。 またWRC2004ではエンジンがより低速よりトルクを出す事が出来た為、トランスミッションを6速から5速に変更し小型化と軽量化に貢献。 ミッション数が減る事により、シフトチェンジを減らす事で加速性能を向上させる狙いもありました。 

 2004年、チームは三菱のモータースポーツ部門のラリーアートによる組織編成で、従来のRAEに代わり2003年に誕生したMMSP(三菱自動車モータースポーツ)が運営する事になりました。 プジョーなどで活躍したジル・パニッツィをエースとして迎え、初戦のモンテカルロから参戦。 短期間で開発したマシンでしたが、無難に走りきり総合6位入賞。 しかし、チームの人員不足による開発不足により、マシンの信頼性は上がらず結果も残らない状態が続きました。 紆余曲折を経て2003年10月にに完成したランサーWRC2004、結果については上記の通りトラブル続きとなり、シーズン途中で撤退となりました。

 今回のモデルは2004年「三菱・ランサーWRC2004」のモンテカルロラリーを再現しております。 翌年の進化モデルである「三菱・ランサーWRC(2005)」の出来栄えが良かったので、今回の2004年モデルも期待しておりました。
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 赤を基調に銀を入れたカラーリング、2005年の方が黒も入りメリハリがあって私は好きですね。 カーナンバー9のドライバーフランス人のジル・パニッツィ車です。 この年はパニッツィの他にジジ・ガリ、ダニエル・ソラ、クリスチャン・ソルベルグの4人体制で挑み、イベントによってドライバーを変えておりました。
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 フロントの顔部分、三菱のマーク部分を見ると分かりますが、いわゆる「ブーレイ顔」。 ランサーエボリューションWRC02から大幅に変更されたデザインですが、ランサーWRCのデザインは結構好きです。 
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 ランサーWRC2004を思う時、フェンダーの張り出し部分の印象が強いです。 また、張り出したフェンダーの後半部分が削られており、空力を考えたデザインなってっております。 しかし、このデザインにクレームが付き、翌年のランサーWRC2005では抑えられてデザインとなりました。
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 この独特なリアスポイラーの形状、これも2004年モデルから採用となりました。 トランクの開閉は、後方へスライドしながら持ち上がる形状になってます。 特殊な機構だけに、市販車へのフィードバックは無理ですよね。
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 2004年当時は日本車勢はハッチバックモデルでは無かったので、色々と苦労がありました。 前後のオーバーハングの問題など、対応する事は山積みでしたが、このマシンも1年で開発された事を考えれば「よくやった」と思います。
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 フェンダー部分の処理、後ろ側をバッサリと切り落としホイールアーチ内の空気を後方へ流す処理をしております。 リアタイヤもフロントと同じくフェンダー後半が切り取られており、実車では後ろから見るとタイヤがはみ出しているのが分かりますが、ミニカーではそこらへんの造形がイマイチでした....

 とりあえず、以前購入したランサーWRC2005も引っ張り出して並べてみました。
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 ランサーWRC2004と2005、基本デザインは同じですので、パッと見はカラーリングの違いとしか分からないですね。
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 実車の話ですが、2005年モデルは全幅を規定一杯の1800mmまで拡大されており、印象としては少し幅広となります。 ミニカーを定規で測った訳ではありませんので、そこらへんの細かい違いは分かりません....
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 もう一台のランサーWRC2005も加えてみました。 先日一時閉店した渋谷のパルコ、そのパルコ内にあった「ポストホビー」で購入した物です。 こちらは通常販売のミニカーでして、通常価格は¥2,500の商品。 ラリーカーコレクションに付属するランサーWRC2005と違い、アンテナ等の細かい部分で違いがあります。 製品と見比べてしまうと、やはりデアゴ版は廉価版的な感じですね。 

 久々に購入したデアゴスティーニですが、実はラリーカーコレクション以外も購入してしまったりして....
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デアゴスティーニ ラリーカーコレクション購入【シュコダ・ファビア WRC(2003)】 [デアゴスティーニ]

 前回の【三菱・ランサーエボリューションⅢ(1996)】購入から8ヶ月も経ってしまいました....

 最初は発売されると購入しておりましたが、余りにも号数が多い予定ですので、欲しい車種だけをチョイスして購入する形に変更しました。
 
 先日の3連休の最終日、神保町の「書泉グランデ」にて購入です。 ここはバックナンバーが揃っているので、本当に欲しい時には必ず行く書店です。

 第37号である今回の付属モデル(IXO製)は「シュコダ・ファビア WRC(2003)」です。
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 シュコダのラリー参戦の歴史は長く、1970年代後半からはWRCへ参加しておりました。 第二次世界大戦後、チェコスロバキア共和国の国営企業として自動車の製造を行なっておりましたが、その後「東欧革命」によりチェコスロバキア連邦政府は民営化を決定、色々な交渉を経て、ドイツの「フォルクスワーゲン・グループ」の傘下へ入りました。 

 「フォルクスワーゲン・グループ」になった事で、それまでのラインナップを一新し、下位クラスから参戦し続けてきたシュコダは、「オクタヴィアWRC」を投入しました。 しかし、大柄な車体に非力なエンジンのオクタヴィアは苦戦を強いられます。 WRカーとしての最高位は3位、チームは車種をファビアに変更しマシンを開発。 2003年シーズン後半よりデビューとなりました。 しかし、成績は振るわず....

 2004年には規模を縮小する事になり、ヨーロッパラウンドのみの参戦となりました。 しかしながら、「フォルクスワーゲン・グループ」で実績のあるアウディが開発に関わる形になり、徐々に好転して行きます。 3台目のファビアWRCをスポットで参戦させ、開発のスピードが向上。 それにより、入賞するまでに戦闘力が上がり、翌年のフル参戦への足掛かりとなりました。
 
 2005年はマシンパフォーマンスは向上したものの、チームとして満足する結果を残すことは出来ませんでした。 しかし、最終戦オーストラリアでは、「マックラッシュ」と呼ばれた男、コリン・マクレーが快走!! エンジントラブルにてリタイヤするまでは2位争いを行い、世界中にマクレーとファビアWRCの速さを強烈に残しました。 この快走で世界中のファンや関係者からは、翌年の飛躍が期待された事は言うまでもありません。 またフル参戦となった為、2年目のラリージャパンにも参戦する事になりました。 日本では販売されていないシュコダでしたが、ファンサービスの為、ボディ側面に「シュコダ」とカタカナで書かれておりました。 しかし、「ダ」の濁点が1つ多く書かれており、それを見た日本のファンはシュコダに愛着を持ち、応援する人が増えた程でした。 この濁点が1つ多い珍事はシェイクダインの日までとなっており、本戦が始まる時には修正されておりました。 私のラリージャパン初観戦は、シュコダ参戦が最初で最後となってしまった2005年、シュコダと三菱の応援が目的でした。

 2006年はチームのWRCのマシン規定の変更やチームの運営などの問題もあり、シーズンを通じてよい結果を残す事が出来ませんでした。 レッドブルがスポンサーに付き、徐々に上向きになると思われたシーズンでしたが、予測が外れてしまった事もあり、2007年はWRCから撤退する事となりました。

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 シュコダはオクタヴィアWRCの大柄な車体から、コンパクトなファビア車種を変更。 しかし、WRカー規定に満たない為、「プジョー206WRC」を参考にバンパーを延長したバージョンを生産。 それにより参戦が可能になりましたが、この時期のトレンドも導入し「走りそう」な車に仕上げてきました。
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 大型バンパーとワイド化の為、元の車のデザインからは大分変わってしまいました。 ごついイメージ....
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 フロントの周りを見ると、他のWRカーよりも「高級感」があるグリル.... だと私は思っております。 大型のラジエターを装着する為、開口部は大きくとってあります。
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 カローラWRC以降、ハッチバックの車種を選んだ場合には、大体似た感じになりますね。 ワイド化されているのですが、ファビアは比較的大人良い感じに見えます。
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 斜め後ろからの見た感じ、白を基調としてグリーンとレッドのアクセント。 リアスポイラーの取付や形状など、プジョー206WRCやトヨタカローラWRCから大きく変わらない為、完成されたデザインと言った感じです。
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 日本でも販売して欲しかったファビアWRC.... しかし、ファビアはフォルクスワーゲン「ポロ」などと同じボディなので、わざわざシュコダの名で販売する事は無いですね。 

シュコダはWRCから撤退後、2代目ファビアを基にIRC用のマシンを製作、いづれはWRCへ復帰してもらいたいと考えております。

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デアゴスティーニ ラリーカーコレクション購入【三菱・ランサーエボリューションⅢ(1996)】 [デアゴスティーニ]

 前回のスズキ・SX4 WRC以降、購入していなかったラリーカーコレクション

 気が付けば号数が進みましたが、ヨドバシ近くにある書泉ブックタワーには在庫が無かった為、神保町にある書泉グランデへ行きました。

 第26号である今回の付属モデル(IXO製)は「三菱・ランサーエボリューションⅢ(1996)」です。
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 元々はギャランでWRCに参戦していた三菱ですが、WRCに勝つべくして小柄であるランサーのボディにギャランで鍛えられた4G63型エンジンを載せ、四輪駆動にしたものが「ランサーエボリューション」であります。 

 三菱はこの通称「ランエボ」を使用しグループA規定のマシンを製作。 1993年に登場の「エボⅠ」からWRCに参戦し当初は苦戦を強いられましたが、時間を掛け着実に熟成を重ねた結果、1995年の「エボⅡ」ではWRCの総合優勝をスウェーデンで決めました。 同1995年、「エボⅢ」をシーズン途中から投入。 そして翌1996年、三菱が独自に開発し投入している電子制御式のアクティブセンターデフは熟成され、フィンランド人ドライバーであるトミ・マキネンのドライブにより、ついにドライバーズタイトルを獲得。 

 この年、5勝を挙げドライバーズ・チャンピオンとなったトミ・マキネン。 1996年の初タイトルから4年連続でタイトルに輝き、三菱の黄金時代を築きました。 1990年代後半、三菱のWRCでの成功は「ランサーエボリューション」と「トミ・マキネン」によって成し遂げられました。

 ラリーカーコレクションの第4号、【三菱・ランサーエボリューションⅥ(1999)】の時も書きましたが、グループAにこだわり続けた三菱は他メーカーが1997年に投入する事になるWRカーにより苦しめられる事になります。 そんな中でも1999年までタイトルを獲り続けたのは、三菱の情熱とマキネンの走りによるものだったと思います。

 今回のモデルは1996年の「三菱・ランサーエボリューションⅢ」1000湖ラリー(現ラリーフィンランド)を再現しております。 箱から出してみましたが、今回も私的にはなかなかのプロポーションだと思っております。

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 「エボⅡ」を1つの完成形として、更に進化させた「エボⅢ」.... コンパクトにまとまっており大人しい印象。

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 フロント側から見ると、冷却性能向上のため、開口部の大きなフロントバンパーを採用。 大きく口を開けた感じで、とても印象的です。

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 リアスポイラーも大型化され、こちらもインパクトが大きいです。 WRCで勝つ為、市販車からこの形状で出すあたりが三菱の凄さなのか.... 「エボⅢ」はとても人気がありました。

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 上からの写真を見ても、とてもコンパクトにまとまっています。 

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 やはりフロントの開口部を見ると「ゴツイ」の一言。 2次エア供給システムを搭載しており大型タービンを使用する「エボⅢ」には絶大なる効果を発揮しました。

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 空力の向上を狙い大型化されたリアスポイラー、実際にはバランス面で問題もありましたが....

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 今回のモデル、私的にはこの角度が一番好きです。 このままシリーズが進めば、全てのランサーが揃うのだろうか.... 期待はしていますけど。
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デアゴスティーニ ラリーカーコレクション購入とラリージャパン!! 【スズキ・SX4 WRC(2008)】 [デアゴスティーニ]

 休みを取った金曜日、午後の外出にてアキバヘ行き、書泉ブックタワーにてデアゴスティーニ 『隔週刊 ラリーカーコレクション』の第26号を購入しました。

 第26号である今回の付属モデル(IXO製)は「スズキ・SX4 WRC(2008)」です。 今回のモデルである「スズキ・SX4 WRC」は、スズキが満を持してWRCのトップカテゴリーに投入したマシンとなりますが、私の感想は「時代に翻弄された、悲運のマシン」の一言です。
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 それまでスイフトにてJWRCに参戦をしていたスズキ、当初から速さを見せチャンピオンも獲得しておりました。 この流れで、いずれはWRCのトップカテゴリー参戦だろうと言われておりましたが、2006年の夏にWRCへのフル参戦が発表されました。 元々は2007年後半から始まる予定だった、「ウインターリーグ」に合わせて参戦を予定しておりました。 しかし計画が破棄されてしまい、通常のスケジュールでシーズンが行われる事になりました。 2007年後半に始まる2008年シーズンに参戦の予定でしたので、「ウインターリーグ」が無くなってしまった事により、予定を遅らせて2008年開幕戦より参戦となりました。 

 スイフトで成功を収めたスズキ、WRCに参戦するにあたりスイフトをWRカーに仕立てると思いきや、参戦する事を前提に開発がされたと言われる市販車「SX4」を発表。 この「SX4」でWRCへ参戦する事になりました。 参戦が2008年になった事により、開発期間が大きく取れフル参戦である2008年の開幕戦からポイントを獲得するなど、基本性能の良さは実証されました。 「モンスター」の愛称で親しまれている田嶋氏のスズキスポーツが中心となりマシンは基本の開発を行い、フル参戦前の2007年にはTTEやプジョーで活躍したミシェル・ナンダンがテクニカル・ディレクターに就任し、ニノ・フリソンをチーフ・デザイナーに迎えました。 しかし、ナンダンは途中でチームから離脱してしまいます。 突然の離脱話でしたが、これにより開発を日本サイドで行うことになり、事実上やり直しに近い内容だったと記憶しております。 鳴り物入りで加入したナンダンの仕事に対し、スズキ内部より疑問視する話もありました。 

 色々な問題もありましたが、2007年にはテスト参戦としてR.13とR.16にテスト参戦。 R.13のフランスはターマック・ラリーとなりますが、「ツール・ド・コルス」の名で有名なラリーです。 ターマックゆえに、主にハンドリング関係の確認に専念する事.... トップカテゴリーでのWRC参戦との事で、インジェクターやハイドロ関係のトラブルが発生。 スーパーラリーを利用し3日間を走り完走することが出来ました。 その後、R.16は2007年最終戦となるウェールズ・ラリー・GB、高速のグラベル・ラリーでのSX4の走りを確認する為に出場となりましたが、SS1からトラブルにてデイ・リタイアしてしまいました。 今回もスーパーラリーを利用し残り2日間を走りきり、マシンの熟成を進めました。 そして、いよいよフル参戦となる2008年を迎えます。

 2008年開幕となりスズキが採用したドライバーについては、ベテランの域に入ったトニ・ガルデマイスターとスズキの秘蔵っ子であるパー・ガンナー・アンダーソンの2名。 元々シャシーはスイフトよりも剛性があり、テスト等でも素性の良さを実感していただけに、開幕戦でのポイント獲得は驚くべき事ではありませんでした。 熟成さえシッカリ行う事が出来れば、ポディウムの頂点に立つ日も近いと思わせる走りを魅せておりました。 スバルと共に日本メーカーとしての活躍を期待しておりましたが、エンジン・駆動系・サスペンション等の部分で毎戦何かしらのトラブルが発生し、その後はパッとしない成績となってしまいました。 シーズン途中にて改良を施し、シーズン後半には完走率とポイント獲得数も上がりました。 

 今回のモデル化されたSX4はトニ・ガルデマイスターが駆ったR.14ラリージャパン仕様となります。

 スズキが母国のイベントを重視し、万全の体制で挑んだラリージャパン。 シェイクダウンから積極的に走りこみを行い、少しでも上位を目指しました。 2人のドライバーはスズキと日本のファンの為、果敢にアタックします。 ステージタイムも上位に食い込む走りでした。 SS19では、ガルデマイスターがスズキSX4として初のステージベストを叩き出し、大いに盛り上がりました。 最終日まで小さなトラブルはありましたが、2台のスズキSX4は完走を果たし、アンダーソンが5位、ガルデマイスターが6位にてフィニッシュ!! シーズン最高位の成績を収めました。 そして最終戦も5位と7位をでフィニッシュし、マシンの信頼性も向上しました。

 地道にマシンの開発を行い、最終戦にはかなりのポテンシャルを魅せる事が出来たSX4.... 正常進化させれば、2009年には表彰台に乗ることも可能ではないかと言われたマシンです。 しかし、2008年に世界を襲った経済不安の余波を受け、勝てる可能性を秘めたままスズキはWRCより撤退を決定しました。 レース等に「もしも」はご法度ですが、あのまま参戦を継続していられれば、あるいは久しぶりに日の丸が揚がった姿を見る事が出来たかもしれません。

 
 イエローのカラーリングがとても目立つSX4ですが、他のメーカーと同じくハッチバック車がベースになっております。 SX4のコンセプトなのでしょうが無い事ですが、やや背が高いです。 フロントのバンパー部やリアスポイラー等を見ると、プジョー206を彷彿とさせます。 勝てる要素は何でも取り込む行った感じです。
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 ワイド化されている為、正面からの見た感じは迫力があります。 ターマック・ラリー等では車高も落ちますので、結構スパルタンなイメージになります。
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 逆にリアは丸みを基調とした造りで、テールランプが何となカワイイ感じです。 リアバンパーにはマフラー用の穴が空いており、走行中は排ガスの関係もあり真っ赤になるくらい過熱します。 リアスポイラーはでかいの一言。
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 とても纏まったデザインだと感じさせるSX4、もっと活躍する姿を観たかったです。
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 説得力はないのですが、上から見ると「スズキっぽい」と思います。 ループの形状かな~....
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 メーカーとしてWRCバージョンのモデルを出して欲しかったと思う位、カッコイイでデザインだと思います。
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 リアスポイラーのデザインも上手く纏まっていると思います、リアウインドウにガッツリ装着されておりますが、実はそこまで視認性は悪くない造りになっています。
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 ボンネットのフロントウインドウ近くに、日本ではお馴染みのマークが再現されております。 今回モデルになったトニ・ガルデマイスター。 モナコの運転免許では日本での運転が出来ない為、ラリージャパンの開幕直前に北海道の免許センターにて免許を取得。 当然、初心者扱いとなるため、若葉マークを付けなければならなかったのです。
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2008年のラリージャパンは、2004年の初開催より行われていた十勝を離れることになり、札幌にて開催される事になりました。 2005年から観戦し続けたラリージャパン.... 十勝の自然がとても気に入っていた私にとっては少し寂しい感じではありましたが、北海道で経済の中心である札幌での開催は競技以外の部分で便利になりました。 あまり多くはありませんが、2008年のラリージャパンでのSX4の写真を何枚か載せたいと思います。

 札幌開催の2008年、もう6年も前になってしまったのかと思うと、何となく懐かし感じです。 札幌での初開催との事で、札幌ドームにてサービスパークとスーパーSSが開催されました。
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 シェイクダウンでのガルデマイスター、到着が少し遅れてしまいシェイクダウンが始まっていました。
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 ラリードライバーの車幅感覚は素晴らしく、壁やコースの仕切りに当たる位に近付きます。 実際、ヒットしてクラッシュするドライバーもおりますが....
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 ラリー開催中の札幌ドームは床を移動させている為、路面はコンクリートになります。 滑りまくりますが、ずーっと4輪共に流しながらコースを幅一杯まで使い切り、走行します。
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 コーナーに入る遥か前からリアを流し進入していきます。 コレでもまだまだ序盤の走りなので、シェイクダウンの最後の方はきわどい走りばかりです。 マフラーの中が真っ赤になっていて、熱そう....
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 正面から捉えた写真ですが、この向きのままで右からドリフトで飛び出してきます。 滑る感じで来るのですが、実際にはとんでもないスピードで走ってきます。
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 ラリージャパンはグラベル・ラリーの為、車高は上がりサスペンションの設定は柔らかめです。 スーパーSSのジャンプも飛びすぎると着地の際にノーズを傷めてしまいますので、無理は禁物。 加速ではノーズが上がり視界は空を向き、ブレーキでは思い切りノーズがダイブし走りにくいですが、そこは世界最高峰のドライバー達ですので、難なくコースを攻め込みます。
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 シェイクダウンを終えて、ラリーショーとスタートまでの間、チームのテント前にに飾られている2台のSX4。 
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 スタート前、空いた時間に他のドライバー達と話をしている写真。 2台のSX4の後ろに並んでいるのは、スバル・インプレッサWRC2008。 この車の期待が大きかったのですが、熟成しきれずにこの年で撤退となりました。
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 翌日のデイ1、サービスパークを出発しリエゾン区間を走行するSX4。 朝早い時間ではありましたが、多くのファンが応援の為に来ておりました。 札幌ドームから一般道に出るところです。
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 注意深く車の流れを読み、素早い加速で走行車線に入ったSX4。 その後、結構な加速でSSへ向い走り去って行きました。
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 デイ1、昼のサービスを受けるガルデマイスターのSX4。 限られた時間の中で作業を行わなければならないので、ドライバーからの情報を元に素早く行動します。
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 無事に3日間を走り切り、フィニッシュするガルデマイスター車。 良い成績でフィニッシュした事で、これからの期待が高まった瞬間でした。 やはり、複数年計画で参戦し続けてもらいたかったです。
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 初めてラリージャパンを観戦した2005年、フォードから参戦していたトニ・ガルデマイスター。 帰りの飛行機が一緒だったらしく、羽田空港を出たところでフォードの一行と出会いました。 マイクロバスが来るまでの間、代表のマルコム・ウィルソンやトニ・ガルデマイスターのサインを貰い、マイクロバスに乗った後もファンに向けて大きく手を振ってくれたフォードの人達.... 疲れているであろうスタッフ達も一緒になり、私達に向けて手を振ってくれた記憶が、今でも大切な思い出として残っています。
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今更ながら、デアゴスティーニ ラリーカーコレクション購入【スバル・インプレッサ555 (1995)】 [デアゴスティーニ]

 発売から時間が経ってしまいましたが、デアゴスティーニ 『隔週刊 ラリーカーコレクション』の第16号を購入しました。 すでに17号が発売されておりますが、そちらは購入を見合わせる予定です。 最近は近くの書店にて取り扱う事が少なく、遠出をして購入しているので時間が経ってしまいます。

 大分時間が掛かってしまいましたが、第16号である今回の付属モデル(IXO製)は「スバル・インプレッサ555 (1995)」です。 第10号のインプレッサでも書きましたが、今回のモデルであるインプレッサ555はコリン・マクレーがイギリス人+最年少としてチャンピオンを獲得したモデルとなります。

 レガシィの技術を投入して製作され、1993年のシーズン途中からデビューしたインプレッサ。 当初から速さをみせていたインプレッサですが、1994年に加入したカルロス・サインツの開発能力とコリン・マクレーの速さが合わさり、初優勝を上げるまでになりました。 
 
 そして1995年、マクレーとインプレッサは快進撃を続け、ドライバーズ及びマニュファクチュアラーズのダブルタイトルを獲得。 1996年はドライバーズのタイトルは三菱のトミ・マキネンに奪われてしまいましたが、マニュファクチュアラーズのタイトルはスバルが獲り、WRカー導入前のグループA規定での最後2シーズンはインプレッサが獲得することとなりました。 この2年連続の快挙により、グループA最後のインプレッサは、この時代の最強マシンであることは疑いようがありません。 WRカー導入後もインプレッサは速さを見せ、1997年もマニュファクチュアラーズタイトルを獲り、スバル全盛期であったと言えます。 その後もリチャード・バーンズとぺター・ソルベルグの二人がドライバーズ・タイトルを獲得しました。

 その後、セバスチャン・ロウブとシトロエンの圧倒的な強さに押され、またインプレッサの開発の遅れや方向性の間違いなどもあり、タイトルはおろか勝利自体からも遠ざかってしまいます。 ぺターのタイトル獲得後、プロドライブ自体も内部で問題がありましたので、こんな状況では良いマシンが出来る訳はないですね。 そんなスバルは2008年でWRCのトップカテゴリーから撤退となり、今現在まで復帰についてのアナウンスはされておりません。 その他のモータースポーツでは活躍を続けるスバルですので、WRCへの復帰が熱望されており、イベント等でも復帰を強く望むファンが懇願しておりました。
 
 既に懐かしさすら感じるインプレッサ555を上から撮った写真、カラーリングを考えなければ、街中を走っているインプレッサと変わらない感じです。 やはりグループAだからでしょうが、三菱のランエボ等も含め、この時代の日本車のラリーカーは良いですね。 
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 フロント部分も大人しく、市販されているインプレッサの面影そのままです。 インプレッサを所有する人達は、WRCで活躍するインプレッサと自分の乗るインプレッサを重ねていたと思います。
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 この時代のマシンは、いかに優れた市販車をメーカーが造れるかだと思います。 リアスポイラーも小さくて大人しい感じです。 マシンバランスが良いからなのか分かりませんが、効果があるのかと思う位です。
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 ミニカーとは言え、今見ていても実に良くまとまった車だと思います。 レガシィも決して悪い車では無かったのですが、インプレッサの登場はランエボの登場と同じくメーカーの本気度を感じました。 そんなインプレッサですが、いくつかの角度から撮ってみました。
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 1995年と言えば、トヨタが起こした例の問題のショックが大きく、WRCから一時期はなれるきっかけとなりました。 WRCを観る事を避け、次に「WRCが観たい!!」と思ったのは2000年に入ってからでした.... 

 しかしラリーカーコレクション、インプレッサを扱う回数が多いと思うのは私だけだろうか.... 2006年のインプレッサも出るのかな.... スタイルは良くカッコイイと思いますが、ラリージャパンでの走りを観て失敗作だと思ったのは私だけかな.... ああ、日産はいつ頃だろう....
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チョット探して、デアゴスティーニ ラリーカーコレクション購入とラリージャパンのライコネン【シトロエン C4 WRC(2010)】 [デアゴスティーニ]

 一昨日にアキバへ行き、購入しようと思ったデアゴスティーニのラリーカーコレクション

 アキバの書泉へ行きましたが、14号のカローラWRCまでしかなく、別の雑誌を購入し帰宅となりました。 発売はしている為、仕切りなおしで神保町の書店まで行こうと思い、御茶ノ水まで行き書泉グランデにて無事購入する事が出来ました。  第15号である今回の付属もモデル(IXO製)は「シトロエン C4 WRC(2010)」です。
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 シトロエン クサラ WRCの後継として2007年に登場したシトロエン C4 WRC。 開幕戦から優勝してしまうほどの完成度と速さを持っておりました。 エースのセバスチャン・ロウブはC4を駆った2007年から最終年の2010年までの4年間、ワールドチャンピオンを獲得することになり、クサラ時代からの連覇を重ねる事になりました。 

 C4が初登場した2007年、当時のフェラーリでF1のワールドチャンピオンを決めたドライバーであるキミ・ライコネンが2010年にシトロエン・ジュニアチームと契約しWRCに参戦する事になりました。 ファンならご存知の通り、2010年にフェラーリはF・アロンソを迎えるべく、ライコネンに違約金を払い契約を解除。 古巣であるマクラーレンとの交渉も上手く行かず、元々ライコネン自身も興味を持っていたWRCへ参戦する事になりました。 また2009年には、WRC参戦を予感させるかのように、トミ・マキネンレーシングよりフィアットのS2000マシンでWRCにスポット参戦もしておりました。 

 今回のモデルは、そんなキミ・ライコネンが駆ったシトロエン C4 WRCのモデルになります。 ラリースウェーデン仕様ですので、2010年の開幕戦のマシンとなりますが、マシンのカラーリングは本家よりもカッコイイと私は思っております。
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 正面からの画像、シトロエンの歯車マークのデザイン、フロント周りはすっきりした造りで、ライトのツリ目が強さと速さを連想させます。
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 リアのデザインもオリジナルの感じが色濃く残った形状です。 リアスポイラーが無ければ、本当に違和感が無いと思われます。 写真の通りで、大型のリアスポイラーが付いている為、視認性は悪そうな感じです。
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 上から見た感じですが、非常にコンパクトに見えます。 前後のホイール部の張り出しの余り目立たず、これまたスッキリとした印象です。
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 右前方からのアングル、紺とシルバーのカラーリングにレッドブルのマークが映えます。 本家はボンネットやリアの部分に赤が入り、屋根も白くなっておりますから、フランス国旗をイメージしていると思います。  
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 F1では「アイスマン」と言われていたライコネンですが、ラリーでの走りは果敢すぎる事もあり、クラッシュ等が多かったです。 2010年のラリージャパンでは、シェイクダウン中にクラッシュし、右フロント部を大破しサービスパークへレッカーされておりました。
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 左側より角度を変え、車内の様子が分かる写真。 スペアタイヤも含め、車内の造りも良い感じになっております。
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 ライコネンがWRCに参戦した2010年、現状で最後となるラリージャパンへ観戦しに行っておりました。 シーズン序盤から時折見せる速さはWRCで通用する物でしたが、トップに立つまでには至りませんでした。 ラリージャパンでもクラッシュしリタイアとなってしまいましたので、ライコネンの走りを観れなかったファンにとっては残念であったと思います。 シェイクダウンでクラッシュし、サービスに戻ったライコネンを見ておりましたが、終始落ち着いた感じでありました。 サイン会には本当に大勢のファンが訪れ、時には危険な感じにもなりましたが、一人でも多くの人にサインを書こうとするライコネン。 やっぱりラリーはファンと選手が身近になれる競技であると思った次第です。

 前にも乗せましたが、2010年ラリージャパンのシェイクダウンで走り込みをする、キミ・ライコネン。 
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 こんな時でないと、ラリージャパンの写真を見る事が出来ないと思いますので、追加で載せてしまいます。 コメントも少しずつ載せようと思います。 この年はビデオ撮影を主体にしておりましたので、下手な写真ばかりになってしまいました。 自分で撮影した写真をじっくり見たのが今回が初めてだったりしますが....

 シェイクダウンでのライコネン、スーパーSSのコースがラリージャパンのシェイクダウンとなりましたが、マシンの挙動を確かめるかの様に、走り込みを行なっておりました。 札幌ドーム内に作られたスーパーSS、路面がコンクリートの為、最初はかなり慎重な走り出しでしたが、慣れるにつれてスピードを上げ、アタックしておりました。
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 シェイクダウン後半、サービスパークへ移動し、WRカーの戻りを待っておりました。 シトロエンのテントの前で待っていると、痛ましい姿のC4が到着。 右フロント部を大破し、レッカーにて戻ってまいりました。 本番前のクラッシュとの事で、メカニックが群がり復旧作業に取り掛かる事になりました。
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 テントへマシンを移動する準備をするメカニックの先には、WRCのテレビクルーのインタビューを受けるライコネンの姿。 
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 自走出来ない為、人海戦術でテントへマシンを移動。 フロント部の破損の為、声を掛けながらテントへ押し込みます。
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 何とか所定の位置にマシンを入れ、ジャッキアップ開始。
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 メカニック達が懸命にマシンの復旧作業をしております。 心配そうにマシンを見つめるライコネンの姿、サングラスに目が行ってしまいます。 写真の通りで、ライコネンの癖と言えば、本人も言っておりますが、ツメを噛む事ですね。
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 その後、ドライバー達のサイン会となりました。 他のドライバーもそうでしたが、ライコネンの人気は凄い!! 写真はライコネンの後姿です。 派手なサングラスをかけたままサインをしておりましたが、ライコネンはシャイですからね。 「何で後ろからの写真なんだ?」と言われそうですが、余りにファンが集まった為、プレミアムパスの人は柵の内側に入れられてしまいました。 後ろから声を掛け、サインを貰うのは恥ずかしかった...
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 いよいよ本番に向け、修理を完了したライコネンのマシン。 メカニック達に感謝ですね。
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 いよいよラリージャパンが開幕し、ライコネンも無事に走り始めました。 時間的にラリーショーで走った写真だと思います。
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 SSSを走るライコネン、外側のヘアピンへアプローチするライコネン。 グラベル仕様で走る為、マシンの挙動が大きく、ブレーキングで大きくフロントが沈み込んでおります。 ピンボケで恥ずかしい限りです。
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 同じくSSSでジャンプ台を通過するライコネン。 クラッシュの事があるのか、何となく大人しいジャンプだった記憶があります。 ビデオを撮りつつだったので、ピンボケになってしまいました。
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 翌日の林道ステージでのライコネン。 SSSと違い、ラリー本来の観戦スタイルですが、林道ステージ等ではマシンが観られる時間が数秒から十数秒位しかありません。 林道を走るマシンのエンジン音が大きくなり、観客の前に姿を現します。 あっと言う間に走り去って行ってしまいました。
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 自分を含め、ライコネンを応援する観客の方々。 シャトルバスに乗り、はるか遠い山のへ移動するのですが、本当に多くの観客が観戦に来ておりました。 しかもステージが終わるまで(最後のラリーカーが通過するまで)移動することが出来ないのですが、最後まで応援の手が止まる事はありませんでした。
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 ここからはDAY2の写真となりますが、NIKARAでのライコネン。 坂を下り右コーナーへ入る前の写真ですが、間近で観られるので迫力がありました。 
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 ステージ終了後、昼のサービスを観る為にサービスパークへ戻りました。 テントに入るライコネンのC4。
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 車を降りたライコネン、何となく疲れた感じでおりました。
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 まだまだ写真はあるので、他の年も含めて別途載せたいと考えております。
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デアゴスティーニ ラリーカーコレクション購入【トヨタ・カローラWRC(1999)】 [デアゴスティーニ]

 今日はデアゴスティーニ 『隔週刊 ラリーカーコレクション』の第14号を購入する為、アキバへ行ってきました。

 第14号である今回の付属モデル(IXO製)は「トヨタカローラWRC(1999)」です。

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 グループA時代、セリカを使用し勝利を重ねてきたトヨタ。 その昔、レビンにて参戦も行っていたトヨタですが、セリカで栄光を迎えました。 その後はWRC参戦に対し、他社メーカーはコンパクトな車体を使用していた為、差が開くばかりとなりました。  そして1995年に発覚したリストリクターの違反問題にて、トヨタは全ポイント剥奪と翌年の1年間出場停止が課せられました。 ここの部分、今号のコレクションコモデルの項目で書かれていないので、ちょっと不思議に思いましたが、まあ色々とあるのでしょうね....

 出場停止の中、トヨタは1997年から導入されるWRカー規定合わせたマシン「カローラWRC」を開発。 正式復帰は1998年からとなりますが、WRカー規定の導入にあわせてシーズン途中のラリー・フィンランドからテスト参戦。 マシンはE110型のシャシーを使い、セリカ時代と同じ3S-GTEエンジンを採用。 エンジンは参戦最終年である1999年まで改良を行いながら使用されておりました。 また4WDのシステムもセリカ時代からのシステムを使用し、1999年には電子油圧制御システムを採用。 トランスミッションもジョイスティック式のセミオートマチックトランスミッションを導入するなど、勝つ為にどんどん新技術を投入しておりました。

 最終的に勝利数は4勝、タイトルは1999年のマニファクチャラータイトルのみ。 1998年にはカルロス・サインツが最終戦にて、ライバルのリタイアにより「4位に入ればチャンピオン」となるはずだったのですが、最終ステージのラスト300mにて、カローラWRCはエンジンブロー。 タイトル獲得は夢と消えてしまいました。 このとき、コ・ドライバーのルイス・モヤが悔しさからヘルメットをリア・ウインドウに投げ付けるシーンが今でも鮮明に残ります。

 トヨタ(TTE)は1999年、WRC撤退をシーズン中に発表しF1へ参戦する事を発表。 まだまだ改善の余地もあったカローラWRCですが、結局このマシンが最後のラリーカーとなりました。 

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 丸いヘッドライトが特徴の「カローラWRC」、ワイド化されたその車体は迫力があります。 冷却の為に空けられたエアスクープが設けてあります。

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 セリカと比べ前後のオーバーハングが短くなり、コーナーでの取り回しは向上したと思います。 しかしながら挙動がシビアな為、安定化を図りホイールベースは伸ばされスポイラーも搭載。

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 フロントに比べて落ち着いた雰囲気のリア部分、リアスポイラーが唯一の「らしさ」を出している感じです。 リアの視認性は悪そうな感じです。 

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 上からみると車体のコンパクトさが良く分かりますが、この車の弱点はフロントが重すぎる事。 セリカのコンポーネントをカローラの車体にねじ込んでいますので、どうしてもフロント部に集中します。 最後までフロントヘビーに泣かされたマシン、熟成すればまだまだ勝てる可能性があっただけに、撤退は残念でした。

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 フロント低めからの写真、開発当初はフロントスポイラーは一体型でしたが、良く壊れるとの事で分割式に変更されました。 丸いライトの為、一瞬可愛らしい印象を受けますが、エンジンの強さもあり速さはトップクラスでした。 
 
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 リアも低めからの写真、やはりフロントと違いあっさり気味ですね。

 カローラWRCを最後にWRCから撤退したトヨタ(TTE)ですが、F1では1勝も出来ずにやはり撤退となりました。 現在は主戦場をWECに移し活動をしておりますが、一日も早くWRCの世界に戻ってきてもらいたいです。 噂のヴィッツWRC、これで是非ともお願いします。
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久しぶりに、デアゴスティーニ ラリーカーコレクション購入【スバル・インプレッサ WRC1998】 [デアゴスティーニ]

 もう11号が発売されておりますが、デアゴスティーニ 『隔週刊 ラリーカーコレクション』の第10号を購入しました。

 未だにランチア、プジョーの号は良い物がなかなか出会えず購入していない状態... 第10号も買いそびれてしまう所でしたが、とりあえず購入する事が出来ました。 今回の付属モデル(IXO製)は「スバル・インプレッサ WRC 1998」です。 

 1998年のインプレッサですが、、今回の誌面にも書いてある通り、コリン・マクレーがスバルに在籍した最後のシーズンとなり、今回もマクレー車が再現されております。

 コリン・マクレーと言えば、豪快なドリフトでコーナーを走り抜ける事と派手にクラッシュするシーンが頭の中に蘇ります。 現在では余り見られなくなった車を「振り回す」走りで、今では主流のグリップ走法とは違いファンからは絶大な人気がありました。 いつでも全開走行の為、当然の事ながらクラッシュも多いのですが、走りと同じく豪快なクラッシュが多い為に「マクラッシュ」などとあだ名を付けられておりました。(久しぶりにマクラッシュなんて言葉を思い出しましたが....) 元祖フラットアウト男であるマクレー、1995年にはイギリス人+最年少としてチャンピオンを獲得。 スバルも初のマニファクチャラータイトルを獲得し大成功の一年となりました。 連覇も含め期待されましたが、翌年から三菱のトミ・マキネンに4年連続でドライバーズタイトルを奪われてしまいます。 

 1999年にフォードへ移籍しますが、在籍4年間でドライバーズタイトルの奪還は叶わず、新天地を求めシトロエンに移籍となりました。 しかし昔ながらのドライビングスタイルとマシンがマッチしない為に1勝も出来ず、フルタイムドライバーとしてはシトロエンでの2003年が最後となりました。 その後は日産よりパリダカに挑戦をしましたが、こちらも叶わずメーカーが撤退により終わってしまいました。 それ以外にも、シュコダや古巣シトロエンでスポット参戦を行ったり、アメリカのXゲームへ参加したりしておりました。

 いずれはWRCの舞台に戻ってくると思っておりましたが、2007年に自身が操縦するヘリコプターが墜落し39歳の若さでこの世を去りました。 2007年のラリージャパンが開催される前でしたので、開催地である帯広のサービスパークでは追悼メッセージのコーナーが出来ておりました。

 スバルがWRCの世界でトップになったのは、コリン・マクレーの走りがあったからである事は間違いありません。 スバルは現在までに3人のドライバーズチャンピオンを誕生させています。 コリン・マクレー、リチャード・バーンズ、ペター・ソルベルグの3人ですが、残念な事に2人目のリチャード・バーンズも病に倒れ、2005年に他界してしまっており、スコットランドとイングランドの違いはありますが、共にイギリス人としてのチャンピオンであり、二人とも天に召されてしまっている事が残念でありません。 

 今回の1998モデルについては、1997年より導入された「WRカー」規定に伴い、初代インプレッサWRCとして登場したマシンの進化バージョンになります。 外観等はWRC97と余り変わりませんが、エンジン関係で変更等がなされております。 WRカー規定とは、高性能な市販車を出せないメーカーの為の救済策として誕生した規定です。 詳しくはネット等で調べて頂ければ、詳細が分かりますが、スバルは初年度の1997年にマニファクチャラータイトルを獲得しましたが、1998年はマシンの熟成や運の悪さで苦戦を強いられてしまいタイトル4連覇は夢となってしました。 付属モデルは開幕戦であるモンテカルロ使用となりますが、ライトポッドが装着されておりますので、ナイトステージのモデルである事は分かります。

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 ナイトステージ用としてライトポッドが装着されておりますが、とにかくデカイ!これでも街灯の無い峠を走るには、光量が少し足らない位だと思います。 先が見えないSSでの走り、CS等で放送を観て頂ければわかりますが、ペースノートが大変重要になってきます。

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 前後のフェンダーを拡大する為、2ドアのボディを使用しております。 張り出したフェンダーの形がとっても良いです。 
 
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 リア部分を見ると、現在のマシンと違いオーソドックスなスポイラーの形状です。 ノーマル感たっぷりのリア形状。

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 これだけ大きいライトポッドだとドライバーの視認性は悪いのではないかと思います。 左のライトのレンズ部分がチョット浮いた感じです。 今回購入のモデル、箱から出して見た所、ハズレでした。 

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今回のモデル、右側から見た感じが一番良いです。 モンテカルロはターマック仕様の為、大きいホイールに低い車高となりますが、ゴールドのホイールがブルーの車体にマッチしています。

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 斜め上から見た状態、市販のインプレッサの感じを色濃く残した車体ですが、この時代のWRCが一番良かったと私は思います。 ドライバーのタイプも色々いましたし、参戦メーカーも多かったですね。

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 斜め後ろから見た感じですが、後部のロールゲージが変ですね。 本当に失敗した感じですが、いずれ分解して手を入れてみようと思います。 

 今回は買いそびれてしまったのが最大の原因ですが、本当にハズレを引いてしまいました。 しかし全体の雰囲気は良い感じですので、車内やリアスポイラー、ライトポッドに修正をしていきたいと思います。

 WRカー規定に合わせて作られたインプレッサでしたが、グループAの規定のままで作られた三菱のランエボ勝つ事が出来ませんでした。 また三菱も基本性能の高さが際立っておりましたが、WRカーの熟成に伴い欧州メーカーが対等し苦戦を強いられてしまいます。 スバルはモデルチェンジを行なった2代目のインプレッサWRカーにて2001年と2003年にドライバーズタイトルを獲得しておりますので、マシン開発の方向性は合っていたと思いますが、2004年以降のスバルは完全に方向性を見失い失速していきました。 スバルではなくプロドライブ側の問題が大きいと思いますが、せめて3代目WRカーとなった5ドアがもう少し早ければ、また違った歴史になっていたのではないかと今でも思います。
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デアゴスティーニ ラリーカーコレクション購入【三菱・ランサーWRC(2005)】 [デアゴスティーニ]

 デアゴスティーニ 『隔週刊 ラリーカーコレクション』の第7号を購入しました。
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 このシリーズ、第2号のランチア・ストラトスを含め、5号・6号のランチアも良い物に出会えず、購入できておりません。 決してランチアが嫌いなわけではないのですが、自分なりに良い物が見つかれば購入しようと思っております。

 第7号である今回の付属モデル(IXO製)は「三菱・ランサーWRC(2005)」となります。 第4号の「三菱・ランサーエボリューションⅥ(1999)」でも書いたのですが、三菱がグループAにこだわり続けた結果、他メーカーとの差が広がり急遽WRC規定を取り入れたものの復調することなく、2001年と2002年は散々な結果のみが残ってしまいました。 三菱は復活する為に2003年は参戦を休止し、「ランサーエボリューションWRC」ではなく、「ランサーWRC」としてマシン開発を行い2004年に復帰。 しかしトラブルが続き熟成も進まない事とダイムラーが資本を引き上げる等の問題もあり、第10戦を終えた時点で残り6戦をキャンセルすることになりました。

 2004年モデルはWRC規定のマシンを製作する為、ランサーセディアのボディをベースとしており、2003年から開発期間が1年しかない為にシンプルな構造が最優先となりました。 この時期、アクティブデフが禁止されるとの噂もあり、パッシブ式に変更され電気制御装置も極力取り外される事になりました。 山海堂より出版されている稲垣秋介著の「三菱ラリーカーの軌跡」ではコルト1000FからランサーWRCまでの内容が書かれており、WRC2004を開発する上で、4G6型エンジンにライバルのターボチャージャーを装着しテストをしてみたところ、三菱が2001年で採用したターボチャージャーと違い低速トルクが大きくマッチングとなっていた事が判明。 市販車のランサーエボリューションで用いられていた手法であるが、他メーカーはグループAで強かった三菱のラリーカーの特性を研究していた証であったと書かれています。 またWRC2004ではエンジンがより低速よりトルクを出す事が出来た為、トランスミッションを6速から5速に変更し小型化と軽量化に貢献。 ミッション数が減る事により、シフトチェンジを減らす事で加速性能を向上させる狙いもありました。 紆余曲折を経て2003年10月にに完成したランサーWRC2004、結果については上記の通りトラブル続きとなり、シーズン途中で撤退となりました。

 2005年モデルは、この2004年モデルを進化させたマシンとなりますが、新しい規定に合わせボディ幅を拡大しサスペンションのジオメトリーの変更、セミオートマティックのギアボックスを採用しセンターデフのみアクティブに変更されました。 ボディ形状は空力特性を狙った2004年モデルで他チームよりクレームがつくことがあり、少し落ち着いた物になりました。 この年は開幕戦で表彰台に上がり、トップ5に入るイベントも増え最終戦では2位となり、優勝まであと一歩となりました。 しかしシーズン終了後の2005年12月に三菱は経営建て直しの為に撤退を発表しワークス活動終了となりました。

 2005年、ラリージャパンでは3台のランサーWRCを参戦させた三菱ですが、実際の車体を見た時の感想は、「カッコイイ」の一言でした。 なぜかビデオは見つかっても写真が見つからず、載せれないのが残念。 見つかれば追記で載せたいと思います。

 今回のモデルは2005年「三菱・ランサーWRC2005」のスウェディッシュラリーを再現しております。 今回、デアゴのラリーカーシリーズで期待していたモデルだけに、出るだけで嬉しいですが、見た目もなかなかどうして良い感じだと思います。 写真が下手で分かりにくいのですが、スノーラリーですのでタイヤが極端に細いです。 太いタイヤだと雪を走る際に抵抗になってしまいます。 そのためタイヤは細いのですが、スパイクが打ってあるので、きちんと雪道を捉えて走る事が出来る様になっています。

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 赤を基調に銀・黒を入れたカラーリング、メリハリがあって私は好きです。 カーナンバー9のドライバーはフィンランド人のハリ・ロバンペラ車です。 この年はロバンペラの他にイタリア人のジジ・ガリ、フランス人のジル・パニッツィの3人体制で挑み、イベントによってドライバーを変えておりました。

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 フロントから見た印象は2004年型と余り変わらないですが、車幅を規定一杯にする為に30mm拡大されています。バンパーの開口部の奥にはラジエーターとインタークーラーがあるのですが、真っ黒に塗られたままなので、ここはシルバー系のドライブラシを施して、存在感を出そうと思います。

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 ランサーWRCと言えば、この独特なリアスポイラーの形状。 リアウインドウに近い場所に装着されており、トランクは開くのかと思いますが、後方へスライドしながら持ち上がる形状になってます。 ちなみにジジ・ガリはワイドなドリフト走行が多く(本人曰く、ドリフト走行が大好きとの事)リアバンパーをよく落とす為、ボディにもナンバーが書かれています。 私もリアバンパーが外れ、ボディーに直接ナンバーが書かれているのをラリージャパンで見ました。 ジジではなくロバンペラでしたが....

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 上から見ると、やはり長い感じがします。

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 ランサーWRCを思う時、フェンダーの張り出し部分の印象が強いです。 WRC2004ではタイヤ後半部分が削られており、空力を考えたデザインでいたが、クレームが付きWRC2005では少し落ち着いたデザインになりました。

 今回のRALLY WORLDはフライング・フィンの特集、表紙に出ているドライバーは私の大好きな「アリ・バタネン」と「ユハ・カンクネン」の二人、HISTORY OF RALLIESは世界ラリー選手権(1)としてフランス軍団がWRCを席巻との内容でした。 こちらの記事も面白く、今回はすべて私好みの内容でした。
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デアゴスティーニ ラリーカーコレクション購入【トヨタ・セリカ GT-FOUR(1990)】 [デアゴスティーニ]

デアゴスティーニ 『隔週刊 ラリーカーコレクション』の第4号を購入した際、5号も売っており一緒に購入。

第5号である今回の付属モデル(IXO製)は「トヨタ・セリカ GT-FOUR(1990)」です。

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言わずと知れた日本車初のドライバーズタイトルを獲得したマシンですが、このマシンは1988年の中盤からWRCに投入され、投入直後は熟成不足の為にリタイアが目立ったのですが、翌1989年にはユハ・カンクネンがオーストラリアで初優勝を飾り、確実に他メーカーのレベルに近づきつつありました。 そして1990年、エースとなったカルロス・サインツはアクロポリスで自身初の優勝を決め、そのままの勢いで連勝。 北欧出身ドライバー以外では勝てないと言われた「1000湖」でも勝利します。 この年4勝を上げたサインツは日本車として始めてのドライバーズタイトルを獲得しトヨタの黄金時代の幕開けとなります。

今回のセリカ GT-FOURは1990年のST165型モデルです。 グループBが廃止され、大型の後輪駆動車であるスープラでWRCに参戦しておりましたが成績は全く振るわず、四輪駆動がWRCの主流となってきた事を受けTTEがグループAで勝つべく製作されたのが「セリカ GT-FOUR」となります。  2000ccのターボ付エンジンに四輪駆動、6速ミッションで武装されたセリカですが、最大のライバルはランチア・デルタでした。

その後、セリカはST185を経てST205と進化しWRCで勝利を重ね活躍を続けるのですが、ST205で参戦中に違反が発覚。 これによりポイント剥奪・出場停止となり、セリカは表舞台から消える事となりました。 ライバルメーカーとの差が開きつつある中、トヨタはWRC復帰の為にセリカを捨て新しいマシンを開発します。 小型なボディにハイパワーエンジンを搭載し、四輪駆動のコンセプトを盛り込んだ「カローラWRC」を武器にトヨタはWRCに戻ってきました。

私の年代的にはWRC = トヨタ = ST165となる世代ですので、大好きなWRCカーの1つですが、付属モデルはサインツが初優勝を決めたアクロポリス仕様となります。
1990年の思い出になりますが、仕事の関係でトヨタの店舗向けに製作されたVHSのビデオを貰いましたが、トヨタがセリカでWRCに挑戦する内容のビデオでした。 確か前半戦位までの内容だった気がしますが、まさしく擦り切れるまで観続け、最後はテープが切れました。 そんな1990年のモデルですが、今回も結構良い感じに出来上がっていると思います。

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現代のWRカーの比べてみると、グループA車両ゆえに元のデザインが残りますね。
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このリトラクタブル式のヘッドライト、今ではもうほとんど見なく無くなってしまいましたね。
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この時代の車は、前後のオーバーハングが大きいです。
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視認性が良いと思われる大きなリアウインドウ。
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助手席側のドアミラーがないのですが、欠品ではなく本物も付いていなんですよね。

今回のモデルには、ディスプレイからミニカーを取り外す為のドライバーが付属しておりました。 これは嬉しいです、今度全てのミニカーを外してみようと思います。 今回の記事の内容はRALLY WORLDはコ・ドライバーについての内容です。 ラリー競技でドライバーに対してコースの指示を出すコ・ドライバーが不可欠ですが、その役割について説明されておりました。 私はサインツの相棒であったルイス・モヤさんが好きですが、2005年のラリージャパンでサインを頂く事が出来て嬉しかった事を思い出します。

RALLY CARSは今回のST165の解説となっており、最後のHISTORY OF RALLIESはメイクス選手権の解説となっておりました。 

次号はランチア・デルタ HF インテグラーレ16Vとなっております。 もちろん次回も買いですね。
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